よく、見ている夢がある。
そこには少しだけ若い頃の私が、何度も呼ぶ声に応答する事が出来ない状況にいる。
甲高い車輪の音と大人数が走る音とその誰かの声でこれがただ事では無いことに気付く。
「か…原さん!聞こ…ますか!」
この声を最後にぱったりと何も聞こえなくなる。
目の前に映る風景が暗転したと思えば、喧騒としてた音が消え、立っている場所から葉が揺らぐ音が聞こえてくる。
穏やかな風音と鳥のさえずるその場所は、まるで楽園のようだ。数十歩先の大きな鳥居を潜り抜けると木々に覆われて姿を表さず、奥地で本殿と思わしき建物が密かに存在する。風が吹くと奏でられるその美しい葉音は、この土地の高潔さを表しているようにも見える。
鳥居を潜れば、境内を清掃する翡翠色の髪をした巫女装束の女性が、私を不思議そうな顔で見つめている。
「ここは何処だ?…私は…死んだのか?」
私の声に特に慌てる素振りもなく、応答もしないまま巫女は、右手を本殿の方へ刺しながら招く。その動作に意味があるのか分からないが尚更、ここが極楽だと言われれば納得するほど穏やかで、元の世界には帰る事を躊躇う程に心地良い場所であった。
石畳の心地いい音を鳴らしながら本殿までたどり着くとそこには、黄金色の影を帯びた人では無い物体が立ち止まっている。彼は私の姿を見たまま静かに語り出す。
「ようこそ山神神社へ。私は山神 一心齋、ここの宮司だ。この場所は、地図にも載っていない。
ただ唯一”ショウナン”に縁のある人物だけが、この神社を訪れることが出来る……」
ショウナン。それは私が生まれ育った故郷の名だ。昔話でよく伝説的な事が起きたとか大きな出来事があったと学生の頃に聞かされたものである。
「そなたは…人間か。はてまた何故……?」
山神は余程人間が珍しいのか首を傾げて私の事を凝視している。
「…あなたが宮司なのか。1つ聞きたいことがあるのだが私は死んだのか?」
「死んだかどうか…か。まあ、今知らなくとも困る話でもあるまい…何故そんな事が気になるのかのう」
山神の会話は不毛だった。質問を質問で返す典型的な会話の出来ないタイプである。それに何だか話し方もジジくさい。相当な老人なのだろうか?
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